「お母さんがんばって」  ←IN ENGLISH

武山恭子さん

私達が同じ屋根の下で一緒に生活しなくなって、もう8年になります。 お母さんが自分の「やりたいこと」をやるために日本へ行ってしまうかもしれないと知ったあの日、私がどのように感じたかをはっきり覚えています。

あのことは13歳の私にとって、とても理解しがたいことの一つでした。 お母さんは私を捨て、置き去りにしていってしまうのだと思い怖かったです。 あの頃が私が生まれてから今日までの人生の中で一番つらかった時だったと思います。

あの当時本当に私は、女性で私の人生の生きたお手本になる人を必要としていたのですが、私を導いてくれるはずのあ なたはすぐそこにはいませんでした。

でも、あなたとの距離が私を強い人にしてくれました。 あなたは私が私自身になることを教えてくれました。そして、決して「誰かが自分を幸せにしてくれるだろう」などと人に頼ってはいけないことを教えてくれました。

あなたは、本当にしたいことを成し遂げたいときに、何事もそして何人も、決してその目的達成の障害にならない事を教えてくれました。そして、一番大切なこと、「自分自身を愛すること」を教えてくれました。
 
私は今21才で、大学生で、お母さん、お父さん、兄弟そして友達からも離れて、一人でいます。 でも怖いとか、寂しいと思ったことはありません、なぜならあなたが私に「強さ」を与えてくれたからです。

永い間私は、なぜあなたが私達を置いていったのか、なぜ私があなたを一番必要としている時にいなくなったのかを、理解できませんでした。 そして永い間私はあなたに憤りを感じていました。

でも、ついに何故あなたが生涯の仕事を選択する決断をしたのかが理解できました。 あなたが単に私の母であるだけでなく、まったく私と同じように一人の人間だということを理解したのです。 あなたが、目標も、夢も、あなた自身の人生も、私と同じように持っていることを理解したのです。 そしてその時はじめて、私はあなたが誰であるかを受け入れだしたのです。

私はずっとあなたを私の母として、私を育て面倒を見てくれるだけの人で、それ以上の何者でもないと思っていました。

でも、あなたが自分のしたいことをするために、全てのものを置いて行ったとき、私はあなたがいかに強く、パワフルな女性であるかを知ったのです。

私は、あなたがあなた自身の人生を楽しんでいるのを見て幸せです。 私はあなたが私の人生においてより遠い存在の人であったらよかったのにと思うことがあります。

私が少女だった頃のような、あの親密な家族のままだったらと思うこともあります。でもあなたが一生の行路の選択をしたことで、家族はより良い方に変わりました。

私たちは皆、独り立ちすることを学び、自分自身のために生きることを学びました。 もし一生に一度のチャンスを与えられたなら、そのチャンスをつかむことを私達に教えてくれました。危険を犯さないことによって、人は一生の中で沢山の素晴らしいことに会わずに終わるのではないかと思います。

私はお母さんが三回目の選挙にも当選できたことを誇りに思います。

私は遠く離れていても、いつもお母さんの側にいてお母さんを支えています。 お母さんがいつも驚きを与えてくれる女性であり続けることに感謝しています。

フレー!フレー!お母さん!

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